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大阪落語 『 たばこの火 』1

(1999/3/20)/
/歴史館いずみの/−佐野の食野(めしの)家が登場する落語−/

大阪落語 『 たばこの火 』

 

五代目 笑福亭松鶴 演

エェこの度は、『たばこの火』と云ふお話を一席申し上げます。(注意

上方落語の中でも極く皮肉な物で、誠にお作は、佳(よ)う出来ておりますが、お笑いに乏しい様に
心得ますので、まあ精々ほげたに力を入れてご機嫌を伺うことにいたします。(下へ

 

 

 

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現今(ただいま)は、住吉街道もずっと家が並びまして、殊に西へ新道路の広いのが出来ましたから
あんまり自動車やトラックが通らん様になりましたので、夜分など散歩がてら人達でえろうにぎやかに
なりましたが、以前(まえかた)は、住吉さんの前と、天下茶屋とにバラバラと家があった外(ほか)
ずっと田圃ばっかりで夜分など無論人通りは、御座りまへん。
昼でも卯の日とか初辰とか云ふ時には大阪から住吉詣りをする人が随分通りますが、平日(あいだ)は
紀州、泉州から野菜や果物を積んだ車が通る位の物で、駕屋(かごや)なんぞも、極く閑散なものやったさうで。

住吉の鳥居前で駕屋が二人ぼんやりして居る処へ南から、結城袖の着物に茶献上の博多帯、焦げ茶の
節織、極く地の厚いお羽織と云ふ風体。手拭いを大?被り
にした上品なお老人(としより)が小さな

風呂敷包みを首筋へ括(くく)り附けて雪駄穿(せったば)き、チャラチャラ、チャラチャラ。

『もし旦那(だん)さん。お駕はどうでごわす。朝からアブレとりまんので、お安うお供いたします。』

何じゃ、私(わ)しに云ふてなさったのかナ。ウッカリしてて済まなんだ。ウム駕に乗れと云うてなさんのかい。

乗せてお貰ひ申さんでもないが、どこまで往きなさるナ。』

『へえ、そらもう旦那さんの仰有る処まで、何処へでもお供いたしますので、ヘエ。』

アア、左様(さよ)か。なりや一つ乗せていただきまへう。

『大きに有難うさんで。相棒。結構な事やないか。今時値も決めずに乗る様な人は滅多にあらへん。

お履物(めしもん)気イ附けよ。ヘエ旦那、どちらへ。』

南から来ましたんぢゃ。南へ戻る筈はなかろう。マ北向いてボツボツ往かんせ。

『ああ、左様(さい)でごわすか。相棒。さ肩いれるで、ええか。・・・・

ハイ頼あッそ・・・・エエ旦那(だん)さん。どの辺まで・・・・・。』

北の方へお頼う申します。

『アァ左様(さい)でごわすか・・・何や往く先が解らんと頼りないナ。エェ矢っ張り大阪まで・・・。』

じゃろう。

『へぇ。』

多分さうなるぢゃろう。

『へへ・・・・・。どうぞお嬲(なぶ)りならんと。』

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注意:私は、落語家でもなく文学者でもない者です。(上に戻る

そんな人間が、泉州の事を知っていただきたい一心だけで、この落語をご紹介しています。

ですから、語句の間違いもあるでしょう。また、意味も分からない語句もあります。

その辺り、ご理解の上、お読み下さい。

この辺り、わかる方がおられましたら、是非、メールにてお知らせ下さい。

 

「昼でも卯の日とか初辰」(上に戻る

この語句が、正しいか不明です。昼?卯の日?初辰?

 

「結城袖の着物に茶献上の博多帯、焦げ茶の節織、極く地の厚いお羽織と云ふ風体。手拭いを大?被り」(上に戻る

この風体が、よう解りまへん。誰か教えて下さい。?ほんまに。

 


『食野家関係史料』より

 

COPYRIGHT (C) 1999 Makoto.Ohtsuya 1961 

 

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