インターネットの10年ひと昔
歴史の節目として思うこと
付随資料:20年史を作ってみました。日根野(泉佐野市)からみた『激動の20年史』(2004年度成人向け)
1995年1月17日阪神淡路大地震が発生した。インターネットが歴史の表舞台に踊り出た瞬間である。神戸市の職員が、震災直後の災害写真をインターネット上に公開していた。それを見た世界中の国から救済支援の申し出があったそうだ。
(中世日根野荘園から神戸の位置は、大阪湾を挟んだ対岸に見える。ここも震度4だった)
この年のTV報道や新聞には『インターネット』が、頻繁に出てくる事となる。たとえば、「これが『ホワイトハウスのホームページ』です。」「インターネットとは?」が話題に。 1995年は、日本のインターネット元年となった。 泉州地域を紹介した最初(と思われる)のHP『私的・泉南学』が1995年10月に公開されている。(現在は無い)『中世・日根野荘園』も、翌年1996年に公開している。
付随資料:20年史を作ってみました。 日根野(泉佐野市)からみた『激動の20年史』(2004年度成人向け)
多くの人は、ブームと言った。そのうちIT革命と言いだした。ある人は、「活版印刷に匹敵する」また「幕末の黒船だ」「種子島の鉄砲だ」と。そして、歴史を繰り返すように瞬く間に日本全国に広がった。インターネットは、時間や距離に関係なく国境を越える。今までにあったTV局、ラジオ局、新聞社、出版社、郵便、電話、映像、音楽などデジタル化できる全てを巻き込む。一度に多くの可能性を広げた。人の生活も変えるだろうと。ところが日本は長期デフレ不況のまっただ中!。 90年代米国は、好景気の中、可能性を信じた先駆者が新しい企業を作り出した。 日本の個人が、素早く動き始めた。特に翌年のナホトカ号事故重油流出では、インターネットがボランティア活動をサポートした。そして企業では「ヤフージャパン(1996)」、「Goo」、また「まぐまぐ」「楽天」「ライブドア」など・・・も順次起業してくる。 パソコンをネットで結べば、点が線となり面となる。それは蜘蛛の巣のように広がり、世界中の人を結びつけた。IT用語WWWは、ワールドワイドウェブ=世界に張り巡った蜘蛛の巣の意味。 この10年IT技術は、デジカメやデジタルビデオカメラ、携帯電話やカーナビ、DVDなどの同時期発展し始めた技術と、パソコンの大容量高速化技術と融合し、新しい道具が次々に誕生した。TVや冷蔵庫などの家電製品にもつながるIT家電。 国は、5年遅れた九州・沖縄サミット2000で、IT立国をめざすことになる(IT憲章)。e-JAPAN構想が始まり、各地でIT講習が実施される。 さて、インターネットの歴史は、1969年から始まる。米国国防総省によるアーパネットが設立された。これは軍事関係のネットワークであり、その後、商用化されるのは1992年。この年ホームページを見るブラウザー技術も急進した。米国イリノイ大学の学生達が改良していたソフト「モザイク」である。その後「ネスケ(NSC) 対 マイクロソフト(MS)のアイイー(ie)」と発展し“ブラウザー戦争”が起こる。また、MS社はオープンなフリーOS出現により苦戦に遭う。それがリナックスやトロンだ。トロンは1984年に誕生した純日本製OS。現在多くの家電や携帯に使われている。またトヨタの車に採用された事も有名な話。 インターネットは、人類に役に立つ道具だ!?と思いたい。しかし、犯罪やテロでも使われる。これは、自動車を犯罪に利用するのと同じだ。使う側のモラル次第。 そして、この10年間であなたの周囲に何が変わったか?を振り返る節目かも知れません。 1995年は「震災の年」、「ボランティア元年」と言われた。「地下鉄サリン事件」「PL法施行」「日本人大リーガ野茂投手誕生」もこの年だった。 さて、次の10年。いったい何が起こるのだろうか。
そしてプロ野球再編も・・・・。
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付随資料:20年史を作ってみました。日根野(泉佐野市)からみた『激動の20年史』(2004年度成人向け)
関連資料:消費者の歴史
つづく、次回2015年へ
2015年は、映画『バック・ツゥ・ザ・フューチャー パート?』の舞台。
そして、アニメ『エヴァンゲリオン』の舞台でもある。